スペックシートや機能リストは過去の遺物だ
ことあるごとに、幕の内弁当みたいな機器・端末はいらない、と声を大にして言っているが、これは失礼な話だ。もちろん、幕の内弁当に対して。
実際、何が言いたいかというと、もうスペックシートや機能のリストを比較するのは古い、ということだ。iPhoneがまさにそれを証明したといっていい。機能だけなら、国産携帯のほうが多かったし、iPhone 4になっても、機能・性能だけなら他のスマートフォンのほうが優れている部分も多い。
だがしかし、iPhoneは、iPhoneという端末であって、携帯電話の一つ、ではない何か特別な端末でありつづけることが出来ている。
その魅力は、スペックシートの優越からやってくるものでもないし、機能リストの長さから生み出されるものでもない。もっとシンプルな、やりたいことが普通に(つまり、とても簡単に)出来る、ということから来るものだ。
実際、コンピュータ業界で、やりたいことが当たり前のように出来る、ということは珍しいことだ。Googleが登場した時を思い出して欲しい。「検索したいものが検索したいキーワードを入力するだけで出てくる」機能を持ったサーチエンジンはいくらでもあった。
今、それらのサーチエンジンはどこにあるのだろうか。Googleとの競争に負け、既に市場にはいない。(もしくは、存在感がなくなってしまった)
確かに検索したいキーワードを入れて検索することは出来たが、結果が期待外れだったせいだ。このことをどう表現すれば、正しく伝わるだろうか。スペック偏重や機能偏重を止めて付加価値を付けよ、というようなことではない。そもそも付加価値という考え方が間違っている。
答えは、もっとシンプルなこと、そう、結局のところ、ビル・ゲイツは正しかった。彼は、WindowsXPの発売のときに、素晴らしい「体験(eXPerience)」を提供すると謳ったが、現実に素晴らしい体験を提供することができたGoogleやiPhoneが、市場で大きく動かしたのだ。
なお、僕が幕の内弁当のような、と揶揄する機能偏重主義を、こちらの記事では「一切合切」志向とか最大機能セットと呼んでいる、というか、訳している。これは、なかなか適切な表現だと思うし、同じようなことを思っている人が他にもいたようで、嬉しい。