マフィアに通じるカジノ王に息子を誘拐された主人公ヴィンセントは単身、敵地へと乗り込み、機転を利かせて駆け引きを繰り広げ、時には銃撃と肉弾戦の死闘を演じながら突き進む。マズい立場に追い込まれ、ボロボロになりながらも、ただ家族を守りたい一心で行動する、その姿は見る者の共感を引き寄せずにおかない。『96時間』でリーアム・ニーソンが演じた、怒れる父親ブライアン・ミルズをほうふつさせるキャラクターだが、ヴィンセントはよりリアルで現実味がある。同じく父親による子どもの救出を描いたアクション『コマンドー』のアーノルド・シュワルツェネッガーの無双ぶりや、『身代金』でメル・ギブソンが演じた超強気の姿勢とも無縁だ。刑事のスキルを活かして問題に対処するがミスもするし、怪我をすれば痛みを感じ、その度合いによっては激しく苦しむこともある。そのような血の通った父親像が、しっかりと描かれているからこそ、深いレベルで共感できるエンタテインメントに成りうる。スーパーヒーローもいないし、クールなポーズも、キザな決めゼリフもないが、ここには確かに生きた“人間”がいる。『スリープレス・ナイト』は、タフでハードな現実を見据えつつ、並々ならぬ緊張を体感させる新次元のエンタテインメントなのだ。



舞台はネオンライトがまばゆい光を放つアメリカ、ラスベガス。殺人課の刑事ヴィンセントは相棒とともに、輸送中のドラッグの強奪に成功する。それはカジノ王ルビーノから犯罪組織へと渡るはずのものだった。裏社会の情報網に引っかかり、犯行を知られた彼はルビーノに息子を拉致され、ドラッグの返却を強要される。一方で、女性内務調査官ブライアントはヴィンセントが汚職警官ではないかと疑惑の目を向け、捜査に乗り出していた。苦しい状況下で、ヴィセントは最愛の息子を奪還すべく、ルビーノが経営するホテルへと乗り込んでいく。しかし、そこにはルビーノの罠だけではなく、その取引相手であるギャング、ノヴァクの魔の手や、ブライアントの捜査網が待ち受けていた……。死闘の舞台となるホテルでは、ヴィンセントとブライアント、そしてルビーノら悪党たちの三つどもえの死闘が展開。それぞれが引くに引けない事情を抱え、ギリギリの状態でぶつかり合うドラマはもちろん、カジノやクラブの人混みをすり抜けての逃亡&追跡、格闘シーンは緊迫感にあふれ、二転三転する展開ともども目が離せない。果たしてヴィンセントは息子を取り戻すことができるのか? 彼は本当に汚職警官なのか?衝撃の事実が判明する結末まで、一秒たりとも目が離せない。



個性が際立つキャラクターばかりゆえに、演技に定評のある豪華キャストの結集は必然的。苦境に立つ主人公ヴィンセントにふんしたジェイミー・フォックスは、息子への強い愛情を体現しつながら必死の奔走を演じる。汚職警官か否か、シロかクロかわからないミステリアスな部分を表現しつつ、人間味を漂わせながら複雑な人物になりきった好演は、まさしくアカデミー賞®俳優の貫録の表われだ。そのヴィンセントを追う内務調査官ブライアント役には、『M:i:Ⅲ』や『パトリオット・デイ』等でヒロインを務めたミシェル・モナハン。悪役勢も存在感は強烈で、カジノ王ルビーノにふんしたベテラン、ダーモット・マローニーが風格を見せつければ、マフィアのノヴァクにふんした『アルゴ』の注目株スクート・マクネイリーはふてぶてしさで、その場の空気を圧倒する。監督のバラン・ボー・オダーはドイツ映画『ピエロがお前を嘲笑う』で世界的に注目されたスイス出身の俊英。同作でのサスペンス演出が認められ、本作でハリウッド・デビューを果たした彼が、期待に応えて先の読めない濃密なドラマを演出。ストリート感覚や生活感を匂わせたリアルなドラマ作りはもちろん、緊張感を高いテンションで持続させるドラマ作りに、唸らされるに違いない。“眠れない(=スリープレス)”ほどの心臓の高鳴りを体感せよ!

しかし、この銃撃戦で麻薬組織のふたりが死亡した。翌朝、何食わぬ顔でその現場へ捜査にやって来たダウンズは、汚職警官の追及に燃える内務調査官ジェン・ブライアント(ミシェル・モナハン)に目を付けられてしまう。誤算はそれだけではなかった。別れた妻ディーナ(ガブリエル・ユニオン)と暮らしている最愛の息子トーマス(オクタヴィウス・J・ジョンソン)と車に乗っていたとき、ダウンズは謎の男たちに襲撃され、脇腹を刺されたうえに、トーマスを連れ去られてしまう。それはコカインの所有者であるカジノ王ルビーノ(ダーモット・マローニー)の差し金だった。コカイン強奪がダウンズの仕業と知った彼は息子を人質にとり、返却を迫る。ヴィンセントに選択の余地はなかった。

何としてもトーマスを助けたいダウンズはコカインを持って、ルビーノの経営するカジノ兼ホテルへやってくる。とはいえ、相手は悪党だ。コカインを返したからといって息子を返してもらえる保障はない。カジノのトイレの天井裏に半分のコカインを隠したダウンズは、もう半分を持ってルビーノのオフィスに向かう。ところが、彼を尾行していたブライアントがトイレに押し入り、隠されていたコカインを発見。ダウンズを“クロ”と確信した彼女は、相棒のデニソン(デヴィッド・ハーバー)を慌てて呼び出し、コカインをスパのロッカーに隠してヴィンセントの行方を追う。一方、ルビーノもまた必死だった。奪われたコカインは、実は彼から、犯罪組織を仕切る冷酷な男ロブ・ノヴァク(スクート・マクネイリー)の手に渡るはずのものだった。そのノヴァクが業を煮やし、手下を率いてカジノに押しかけていたのだ。観光客で賑わうカジノに、次第に不穏な空気が流れだす。



一方、ルビーノとの交渉の後、トイレに向かったダウンズはコカインがなくなっていることに動揺する。しかし、ここで引くわけにはいかなかった。調理室でニセの粉末を調達した彼はそれをルビーノに渡し、“サツが来る”と嘘をついてその場に混乱をもたらして、なんとかトーマスを救い出した。しかし、ニセの粉末を受け取ったと知ったノヴァクは激怒。賄賂を配っているすべての警官に連絡して、その捕獲を命じる。ルビーノも黙っておらず、カジノ施設内の監視を徹底。そして人混みの中で父とはぐれたトーマスは、またも敵の手に落ちてしまう。一方のダウンズは運悪く、ブライアントに遭遇。格闘の果てに、ダウンズは息子を誘拐されたことを訴えたうえに、ある秘密を打ち明けるが、ブライアントには信じてもらえない。こんなところで時間を無駄にしてはいられない、必死のダウンズはブライアントを上階のホテルの一室に拘束して、コカインの奪取に向かう。

その頃、トーマスは脱走してクラブの人混みにまぎれ、父に携帯電話でコンタクトをとる。しかし、それはダウンズを捕まえようとするルビーノの罠で、トーマスの行動は手下たちに見張られていた。クラブへ向かったダウンズは息子と合流するものの、ルビーノの部下と格闘になったばかりか、ノヴァクが発砲してきて、たちまち人々はパニックに陥る。一方、デニソンと合流してダウンズを追うブライアントは、汚職にまつわる衝撃の事実を知ることに。他方では、ダウンズとの電話でのやりとりでただならぬ気配を察したディーナが、カジノへと車を走らせていた。混乱が広がり、騒ぎが大きくなる中、ダウンズは無事にトーマスを救い出すことができるのか?


























ハリウッド・スターにはつねに多くの脚本が送られてくるもの。アカデミー賞俳優ジェイミー・フォックスがあまたのシナリオの中、本作に惹かれたのは、主人公の警官ヴィンセント役が強い意気を持ったキャラクターだから。「何か気骨のある役が欲しかった。何か今までとは違う匂いがするような役を」と彼は言う。物語の始まりでは、ヴィンセントは汚職警官として観客の前に姿を現わす。それでも、どこか共感を覚えるようなキャラクターである点が、彼の心に引っかかった。「多くの人にとって身近に感じられるキャラクターにしたかったんだ。ヴィンセントは、すべてが絶望的な状況の中にいる。"妻とやり直したい""息子の気持ちを尊重したい"と思っているんだ。それと同時に、彼は標的にされている。何者かに追いかけられている。ターミネーターのようなしつこい連中に、どこまでも追いかけられるんだ」そんなシチュエーションで、人は同行動するのか? フォックスは必死の男を演じるため、なりきることに徹したという。「警官は公的な仕事に過ぎない。でも息子が誘拐されたら、事は一気に個人的なものになる。息子の無事を確保するためなら、何でもやる。俺は"息子の代わりに、俺を捕まえろ"という心境を想像しながら演じたんだ」
精神面のみならず、フォックスは肉体面でも意欲的に取り組んだ。ヴィンセントには、とにかくアクション場面が多い。この役を演じるため、フォックスは2か月かけてマーシャルアーツのトレーニングを積んだ。スタント・コーディネーターのジェフ・イマダの指導によって、高いレベルに導かれたことを、彼は喜んでいる。それでもいざ、撮影が始まると決して楽はできなかった。「楽しかったけれど、間違いなく骨の折れる作業だった。疲れて、うっかり動きをひとつ抜いてしまったら、真っ向から鼻にパンチを食らってしまうんだ」







共演にはフォックスに引けを取らない、強烈な個性を持った役者たちが集められた。ブライアントを演じたミシェル・モナハンは、監督と初めてスカイプで話したときのことを覚えているという。「監督は『ダイ・ハード』『リーサル・ウェポン』と同じような映画にしたいと言っていた。キヤラクターをメイン押し出した、痛烈な物語を描きたかったのよ。私は、そこに惹かれたわ」モナハンにとってのチャレンジは、フォックスを相手に格闘を演じること。12時間におよんだ撮影を、彼女は「強烈だった」と述懐する。「ジェイミーにはいくつかのこぶや痣は確実にあったし、彼の歯も少し欠けたと思う。本当にケンカをしているような感じがしたわ。でも、ジェイミー・フォックスをやっつけることができるなんて、最高じゃない?」と彼女は笑う。
悪役ノヴァックにふんしたスクート・マクネイリーの怪演も忘れるわけにはいかない。彼は監督や共演者らと共同作業で、この強烈なキャラクターを作り上げていった。例えばカジノのボス、ルビーノのプライドを屑のように扱う場面。「ノヴァクはルビーノに不満を募らせていくんだけれど、その不満を表現する良いアイデアが浮かんだ」と彼は振り返る。「ルビーノの事務所にはゴルフ・クラブが置いてあって、それでボールを打ち続けてはどうかと提案した。僕もゴルフをやるので、あの撮影はとても楽しめたよ。周りとコラボレーションしながら生まれたシーンだ」
ノヴァックに比べると、ルビーノは危険人物ではあるが、狂暴さという点はひかえめ。しかし頭は切れる、異なったタイプの悪役だ。演じるダーモット・マローニーはこう分析する。「この映画の面白いところは同じ悪役でも、それぞれに"悪役度"が異なるところ。ルビーノは、最初は"単なる悪いヤツ"だったけれど次第に"最悪なヤツ"になるのさ」







映画の舞台はラスベガスで、物語の大半はカジノを擁する巨大ホテル内、ラクサス・カジノで展開する。この娯楽施設は架空のもので、そこでのシーンはすべて、アトランタでセットを建設して撮影された。プロダクション・デザイナーのティム・グライスは「スロットマシーンやブラックジャク用のテーブル、廊下も扉も、とにかく本物のカジノのようにしたかった、物語の世界観を体現する必要があったから」と語る。ラスベガスで多くの時間を過ごしたことがあるジェイミー・フォックスは、その本物そっくりの質感に驚き、感動したと言う。「セットに入った途端、"酒とニューポートのタバコを持ってきてくれ"と言いそうになったよ! ベガスに行ったときの、俺の決まり文句なんだ」 カジノでのほとんどの場面を撮り終えると、スタッフは劇中もっとも破壊的なアクション・シークエンスに取り組んだ。プロデューサーのひとり、アレックス・フォスターは「ゼロからカジノを建てたんだし、最後には映画の中で分解してしまおう、ということになったんだ」と語る。車で突進する破壊の描写は、このようにして生まれた。「ドリンクや色んなものが宙に浮いていたよ」とフォックスは振り返る。「最高だった。子どもに戻ってファンタジーの世界を生きているような気分さ。監督はすべてを楽しい方向に持っていってくれたんだ」



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